セクシーボイスアンドロボはどーよ

「(原作を読んで)私はこう思った!」という木皿泉の主張を受け容れられるかどうかですね。

感想

全員が全員、ほぼひとつのメッセージ(世界はもっと複雑で、あなたと世界はどうしようもなく関係している)しか言ってないのを「人間が描けてない」とするか「力強い」とするか。まぁ初回だから、この作品を通底するテーマを連呼させた、というのもあるのかもしれませんが。そして三日坊主を初回に持ってきたってことはイコール黒田作品をなぞるつもりはないってこと。「その先を書く!」という意思表示かと。自己主張強いなあ。

キャスティング

「あんなのニコじゃない!」とか言いたくなるのもわかりますが、ニコを演じられる中学生がどこにおんねん、と。まぁベターなキャスティングのベストの演技、でしょう。松山ケンイチa.k.a.Lロボは予想以上にボンクラになってて好感。いい役者だと思いました。あと、塚本晋也a.k.a.鉄男パパがショボショボに見えるけど頭よさそう、という役柄でナイス演技。

演出

なかなか良かったんではないかと思います。ダイアログのカメラワークとか。引き気味の画角を変えず、ゆっくり下にクレーンする。ありがち顔どアップ切り替えを拒否するのは正しいです。あと衣装な。ロボも中央線オタクっぽさが良くでてるし、大後ちゃんの服装がリア厨。つーかブーツを脱いだ素足&レッグウォーマーがもう!おにいさんそんなとこから出てきた2万円なら5万円で買っちゃうよ!

セリフ

唯一の不満はロボにガンプラを「フィギュア」と言わせたことかな。でもちゃんと「古風なロボオタ(女は三次元)」にはなってた。ほかに不満はなかったです。

その他評判とか

ミクシ黒田コミュの叩きッぷりはなかなか醜いものがありますが、非黒田オタの評価はそれなりによろしいようで
Technorati"セクシーボイス"
視聴率は12.5%ということで、まぁ悪くもなく。(参考:Audience Rating TV > 視聴率 > 2007年01〜03月)

次回

ゲストは村上淳。共通点はバツイチか。
っていうかいつのまに離婚鬱から復活したの!?

「シャッフル」81年/監督:石井聰亙

これはスゴい! スゴいスゴいと聞いてはいたが、こんなにスゴイとは!

あらすじ

どこ探しても載ってない。のででっち上げ。

何か罪を犯して潜伏している少年(中島陽典)が部屋を出ようとしたところ、張り込みの刑事(森達也)に見つかる。走って逃げる。

そんだけ。

ならどうする。どぉすんだよぉ金ちゃんよぉっ!!!

えーと、まず最初に観て思ったのが「スカジャンの少年のしゃべり方が鉄雄そっくりだなぁ」と。「うるっっせぇんだよ!」って半泣きで言うところとか。とか言ってたら、コレ大友克洋原作なのね。「RUN」(『SOS大東京探検隊』所収)って、『SOS〜』は持ってるから読んでいるハズなんだが……よく覚えてない。


まーいーや。コレもスジなんて有って無いようなもんだし。ひたすら少年と刑事の追っかけっこ。一応、何で少年が犯罪に走る羽目になったのか、その犯罪とはなんだったのか、は途中フラッシュバックで補足されるけど。


まず、(もちろん)走る画が素晴らしい! アオリで、俯瞰から、パンで、車載で、手持ちで、あらゆる技術を駆使して何パターンもの「走るシーン」が積み重ねられていく。とくに素晴らしい(むしろ「どうやって撮ってんだ!?」)のが、自転車置き場での追跡シーン。幅1mもないであろう、自転車と自転車の間をひたすら走り抜ける役者を、カメラが追う。カメラは腰下。つまり自転車の壁の間をカメラが前方にぶっ飛んでいく映像なのだが、コレが実にハイパー。マトリックスの武器庫シーン、と言えばイメージできるだろうか。アレを凌駕するハイパー感。
「映画のすべては走るシーンにある」といったのは誰だったか。その基本におそろしく忠実。わかりやすい例を出せば、「ラン・ローラ・ラン」を20分に凝縮したような(もちろん、こっちのが17年も先だ!)。

ランナーズハイ

もひとつ。個人的にこっちのがポイント高いのだが、「ランナーズ・ハイ」を忠実に(過剰に)再現した映像の中毒性にヤられる。ちょっと長距離を本気で走ったことのある人ならわかると思うけど、初めてのランナーズハイは衝撃的な体験。あの感覚が、フィルム処理と音響で見事に定着されている。
中盤、ダレ始めたところから主人公が「ランナーズハイの世界」に入る。画はどんどん粒子が粗く、オーバー気味になり、音はダブ風に高音と低音が強調され残響音が発生し始める。最終的に最も大きく聞こえるのは自分の息づかいだ。次に幻影が見え始める。併走する幻影だ。ブルマの女子高生、男子高生、よくわかんないチンピラ、ボクサー、新聞配達、その他もろもろ30人ほど。死にそうな(でもなぜか足は動き続ける)主人公の周りで殴り合い狂騒する人々。
そして、ランナーズ・ハイが解けた瞬間の身を裂くような苦しみ!
ある意味「シャッフル」は極上のトリップムービーでもある。

そのほかいろいろ

この素晴らしい映画は、その機能の多くを音楽にも頼っている。で、あとで見返したらヒカシューだった。むべなるかな。純粋に現在のフロアで流しても通用するクオリティ。電気音楽に栄光在れ!
あと、もう言わなくてもわかってると思うけど、室井滋が出てる(笑)
そして。あらすじでネタバレしちゃってるけど、森達也が出てる! いや、森達也が若い頃役者をやってた、ってのは知ってたけど。そして石井聰亙作品に出てたことも知ってたけど。んで現在の森達也の顔も知ってるけど! あんな二枚目だったとは! っつーか背ぇ縮んだ!?(笑)
森達也の俳優活動についてはid:shimizu4310:20060112に詳しい。

81年の映画

この日観た映画の中で、もっとも「古さ」を感じなかった。ハナから、「81年の風俗を描く」とかそういう視点を放棄して、ひたすら理論的に映画を追い求めている作品だからか。純粋。

あとノイバウテンの映画観なきゃ。
「シャッフル」とか入った石井聰亙初期作品集BOXがそろそろ発売らしい(…のにトランスフォーマーのサイトにはほとんど情報が落ちてないのはどうなんでしょう)
http://www.transformer.co.jp/special/ishii.html
コレの第2弾にノイバウテンも入る予定とか。
http://www.ishiisogo.com/original_qanda.html
欲しくなってきたなぁ。

「闇のカーニバル」81年/監督:山本政志

えー。開演が3時半。「眠気を覚ましにくるぜ!」と予告した山本監督も来ず(笑)疲労のピークでございます。

あらすじ


子連れの女性ロック歌手が、子供を男友達に預けて一晩を新宿の街で過ごす…
そんだけかい!

まぁ、そういう映画です。

これは果てしなくドキュメンタリーに近い劇映画。「80年の新宿の闇」が存分に描き出されている。暴力と薬と女に鬱々とおぼれる元天才ギタリスト、御苑にのたれ死ぬ男娼、シャブ漬けの女、黄金町の泥酔喧嘩、爆音のストーンズに踊り狂うクラブロッカーズ、カラスを捕まえて売るストリートチルドレン、テロをたくらむ旋盤工、密造ナンブをのんだノーブラ革ジャン女(主人公)……
そーゆーヘンな人たちが新宿の深夜〜早朝にかけてをうろうろする映画です。


ひたすらうろうろ。

80年代映画(を80年生まれが語ること)のやっかいさ

なんというか、ココでもやっぱり80年代というか。
あのですね。最初に主人公が子供をあやすシーンがあって、そこでいろいろおもちゃとかが出るんですが、すべておれが持って多ものなんですよ。オルセンの『つきのぼうや』とか、プラレールとか、イデオンのやたら直方体の超合金(いまヤフオクで7万!)とか

つきのぼうや


プラレール

つまり、この主人公、ロックヴォーカリストにしてクールな、ティアドロップ型サングラスかけてノーブラTに革ジャンでオッサンとドツキあいしちゃうくらいクールなおねーさんが、おれの母親(と同じ歳)なんだ、と思っちゃうともーダメでした。冷静に観れません。なんか、アレですよ。母親の大学時代のテニス合宿写真とか見ちゃうとヘコむのと似てる、名状しがたいケツのむずがゆさに支配されちゃってもう。
そう、正直21世紀になっては「新宿」に対する幻想も消費され尽くされちゃった感があって(新宿鮫とか不夜城とか)、むしろ牧歌的に見えちゃう、というか。でも男娼の葬儀のシーンと、クラブで踊り狂うシーンは非常に美しかったです。ダンスと死だけは普遍的、というか。そうそう。やっぱり室井滋出てます。

山本政志監督の見所といえば友情出演w

そうそう。もう一つの見所が。伝説のアンダーグラウンドロックスター友情出演。もううようよいる。スターリンのミチロウとかAUTO MODのじゅね、あと町田町蔵、のちの町田康である、とか。そして何より、JAGATARA総出演! じゃがたら総出演ってことは? アケミが動いてるってことだよ! 動く江戸川アケミを初めて観ました。感動。


でも今じゃYouTubeで観放題なんだよな。
http://fragments.g.hatena.ne.jp/nisemono_san/20060327/1143463695

「100%の女の子」83年/監督:山川直人

っつーかなげーよ。まだ2本しか紹介してないのに。シンプルにいこう。

あらすじ

ねーよそんなもんw

えーと。本気で有りません。だって原作春樹だもん(笑) キーワードの方読んでください。id:hatechaさん方面に感謝しつつ。


んー。なんでしょう。75年の映画は完全に異世界の「映画」として楽しめたけど、83年のこの映画はあまりに「80年代的」すぎる。おれにとっては。あまりに、あまりにハルキ的。
いい年したオッサンが恋愛についてちょっとロマンティックな妄想を語る、という。んで画がスチル写真の止め絵をモンタージュ風にアニメートさせる、っていうアレ。
生理的にハルキ嫌いなのでもうどーしょーもない感じ。ハルキ好きにはたまらん映画だと思う。そういう意味で、監督の技量は高い。
お。やっと画像が出せるぞ。

100%の女の子

ちなみに「100%の女の子」たるヒロインは室井滋
んーやっぱ「自主映画の女王」です。

「暗くなるまで待てない!」75年/監督:大森一樹

大森一樹監督といえば、世紀末ゴジラ、な世代なワケですが。
そんなこととは問答無用にイイ映画だ。

まずはあらすじ

神戸の街。自閉的な青年梅田は、ある日喫茶店でちょっと面白い女の子と知り合いになった。彼女は撫子ちゃんといって、前衛美術の創作をやっている少女である。
梅田の大学には佐倉という映画キチガイの先輩がいた。彼にとって鈴木清順は神様なのであった。飲み屋で知り合ったチンピラやくざ風の男風間が競輪で大穴を当ててしまい。この金で佐倉は念願の映画を撮ることになった。
吸血鬼映画で、主演は友人の萩本と撫子ちゃん、殺し屋役で風間が助演する。撮影が終わり、映画ができあがりそうになった時、撫子ちゃんは某映画監督にスカウトされて「マリリン・モンロー・ノーリターン」という商業映画に出演することになってしまう。主演女優の出席しないカントク佐倉の処女作の試写会は、彼の行きつけの飲み屋でささやかに行なわれたのであった。

まずもうね、演技がひどすぎ(笑)

まともに演技できてるのは一人もおらん。ヒロインですらも! 特にちんぴらの風間がヒドい!
まぁ、最初はそれでヒクんですが、これが見てるとどんどん味が出てくる。何というか、役であるモラトリアム大学生と映画好きのちんぴらという、地に足の着かない身分、それでいて自意識過剰で距離感のとれない心のありよう、そういったものがこのたどたどしいせりふ回しによって表現されているのだ、といっては言い過ぎかな(笑) 関西弁、というのもデカい気がする(東京弁でこんなんやられたら耐えられへんて!)。


あと、何でしょうかこの懐かしさは。
後述する「シャッフル」まで6年しか開いていないにもかかわらず、圧倒的に懐かしい。というか完全に(ハリウッドと同じ、あるいはヌーヴェルヴァーグと同じ)「ものがたり」になっている。いや、生気が無いとかじゃなくね。
たぶん、この懐かしさは、撮っている時点で意図していたものなんじゃないだろうか。少なくとも無意識には。長嶋引退試合のテレビ中継を30秒くらい撮ってみたり、学祭で講演したあとの鈴木清順を隠し撮りした映像を挟んでみたり、極めつけは荒井由実の「やさしさに包まれたなら」! この15年後に宮崎も同じ目的で同じ曲を使うんだけど、大森一樹のすごいところは全くコンテンポラリーソングだったこの曲、ひいては荒井由美の本質、「郷愁を誘う」機能を見抜いているところだ。


(ちなみに、中盤この「やさしさに包まれたなら」が流れるシークエンスがあるんだけど、もう反則気味に美しい。閉館した大映の前を佐倉がとぼとぼ歩くシーンもおれ反則認定)

青春とはつねに「何かになれなかったもの」のことだ

そう、大森がこれを撮ったのが大学3年の時、という話を聞けば、この懐かしさは納得できる。映画を撮るという夢、仲間との駄弁りぐあい、ヒロインである役者本人への恋、そういったものが今にも過ぎ去ろうとしている、愛するそれらを振り払わないとここから先へ進めない、でも。そういう憂鬱な状況を、もっと大きい喜び(映画撮影)で笑いぶっ飛ばせ! そういう関西人特有のハッタリというかカラ元気の空回りが美しい映画。


そう、カラ元気。不器用さ。主人公は何度も何度も言う「運動家にも不良にもなれんかった僕らは、映画を撮るしかないんや」。長嶋が引退し、学生運動も完全に終結した75年とは、まさにそういう時代であった。あらかじめさだめられたノーゲーム。ならばせめてスタンドプレーをしようじゃないか!(それは今のおれに切実な親近感を抱かせる)。

リンク

レビューは……ネット上ではほとんど見つかりませんでした。
http://www.geocities.jp/crygc/cinema2000.html
↑ココくらい。うあー。おれもこれくらい短くまとめられたらなー。

余談

おれがこの映画でもっとも気になったのが学生監督の佐倉役をやった栃岡章さんなんやけど、gooやらなんやらDBを見ても、どうもこの1本しか出てないらしい。「ほんまかいな!しょっく!」と思わずググってみた。どうやら大阪で高校の先生をしながらMMSS JAZZ ORCHESTRA(または「まいど おおきに JAZZ ORCHESTRA」)というところでサックスを吹いているらしい(たぶんこの人)。大阪もたいがい人多いけど,そうそう何人も「栃岡章」さん(もしくはTOTTY A)はおらんやろ。
って、あーいかん。またネットストーカー行為を(笑)
でも、こんなおもろい映画でおもろい演技しとった人にやったら、是非教わってみたいもんやけどなぁ。

余談その2

この映画に限ったことじゃないんだけど、押井守「アヴァロン」の大仕掛けの元ネタって、80年代自主映画からきてるんだ、と気づいた。両方のネタバレになるのでこれ以上はいわんけど。予算の制約が美を生み出す。っつーよくあるはなし。

「闇打つ心臓」80年/監督:長崎俊一

メインねー。
つーかですね、この方面に手を出すと待つのは奈落のみ、というのが分かり切っていたので控えてきたのに。あと、高校・大学と地方にいたのも大きい。東京に住まなければ、少なくとも京阪に住まなければ、映画を語りうる資格は得られない(物理的に)という僻み丸出しの固定観念はたしかにあった。そんで、今回見て「やっぱ大学は都会でないと無理だ」と確信したわけですが。なので、今日も弩素人の感想文です


「おれ語り」はどーでもいい。

感想(それもどーでもいいが)。

えーと、先週末に公開された「闇打つ心臓Heat,beating in the dark」の元ネタですね。元ネタっつーか。
「伝説の」という冠詞がつくだけあって、ものすごい緊張感。というか、緊張感だけしかない映画、という感じ。ストーリーなんてあってないようなもの(若い夫婦が赤子を虐待死させて、友人のアパートの空き家に飛び込み一夜を過ごすセックスしたりフラッシュバックしたり。以上。)で、その緊張感はカメラワークと、演技と、不吉なガジェットで作られている。口紅で背中に大きく「芳子」と書いてあるのとか、あまりの狂気に笑っちゃったほどだ。


監督の長崎が初の35mm商業映画で事故に遭い、またその制約に疑念を抱いたことが、この8mmを撮った動機となったという。スピード、少人数、低予算つまり監督の操作性・全権性の復活。トークショーで長崎は「日本のヌーヴェルヴァーグを撮りたかった」と言っていたが、まさにそういう映画。

回想ダイアログシーンはなぜか話者が入れ替わり、内藤剛のモノローグでは意図的に音ズレをさせたり、フレーム外でカメラの後ろを回ったり、と見ていて飽きさせない。本家ヌーヴェルヴァーグと違うのは、きちんと(!?)「ドラマ」を入れているところ。長崎の職人肌がかいま見える。おかげでこれほど実験的、かつ舞台は部屋一つだけ、という聞いただけで怖気が出てくるような映画にもかかわらず、118分間飽きることはなかった。

もひとつ発見。内藤剛と室井滋の位置づけ、について。

室井滋が“自主映画の女王”なる異名を持っているのは知っていたが、これほどシリアスに『女』を、『女優』をしているとは思わなかった(失礼な話だ)! ちなみにこれはこの夜に見た他作品で、確信に変わる。そうか、「OUT」の演技が本来の姿だったのか。
内藤剛。なんだこの滲み出す暴力性は! 現在の俳優でたとえると、松田龍平を5倍くらい濃くした感じ。ホモっぽい雰囲気と、無愛想、暴力。20年たつと「みゅ〜〜〜じん!」とか恥ずかしげもなく言えちゃうようになるんだなぁ……

'80s自主映画祭りに行って来た

正確には

『闇打つ心臓 Heart,beating in the dark』公開記念
オールナイト前夜祭「すべてはここから始まった」

ですね。

概要

上映作品は順に下記の通り

「闇打つ〜」と「暗く〜」の間にトークショー。ゲストは長崎俊一監督・山川直人監督・室井滋さん。あと「100%〜」と「闇の〜」の間に山本政志監督が乱入トークする予定だったらしいのだが、同日ポレポレで開催されていた手塚眞・林海象・山本政志「三人会」から抜けられずお流れに(笑)